行政サービス職の現場
社会への『ビジョン』を胸に
チームプレーで諦めずに調整を重ねていく

行政サービス職に必要なコンピテンシー
論理的思考 ビジョン 感情コントロール 誠実さ
組織への働きかけ

元厚生労働省 係長
現大手コンサルティング会社 シニアコンサルタント
蛭子昌之さん

「役人蝉説」があるほど、長い下積み
職人のようなストイックな仕事

――厚生労働省ではどのような仕事に従事していたのですか?

「平成18年に入省し、23年まで、5年半働きましたが、その限られた期間で労働基準局、その次に大臣官房、最後は健康局に在籍しました。ジェネラリスト養成のため、専門性を決めないでいろんな経験をさせるという当時の人事ローテーションの中で育ててもらったという感覚です」

――その仕事の実際は?

「労働行政では経団連(日本経済団体連合会)や連合(日本労働組合総連合会)、厚生行政では日本医師会や患者団体など、色々な意見を集約する団体がありますが、行政は公益を追求する立場で間に入ります。さらに霞ヶ関の中にも、財務省や総務省といった行政全体を調整する役所があるので、言わばどちらを向いても『調整』が必要な世界。国家公務員になると、その中の一つの組織のピラミッドに入って、下からキャリアを積み上げていくことになります。下積みの長い仕事ですし、入省してすぐに自分の想いで政策を作るということはなかなかできません。以前、大先輩から『役人蝉説』という話を聞いたことがあります。『蝉は7、8年土の中にいて、ようやく羽化しても鳴くことができるのは1週間。役人も同じで、大舞台に立つ日のために長い準備期間が必要なのだ』と。個人の意思で動くのではなく、割とストイックな、半ば職人のような働き方です。責任は重いとはいえ基本的には匿名の世界なので、自分の名前で自分の色をつけるという世界ではまったくないです。肩書きよりも自分の名前で仕事をしたいという人にはつらい仕事かもしれないですね」

組織をまとめ、政治との繋がりもコントロールする
全方位的に調整ができてこそ信頼を得る

――蛭子さんが実際に携わったのは?

「最初は最低賃金について。そこでもやはり『調整』が必要でした。当時、最低賃金は600円台後半。労働者側と使用者側が議論をし、様々な人が動いて1年かけて上げるのが1円、といった小幅の引上げが慣行化していました。というのも、賃金は労働者の生活を成り立たせると同時に経営に直結する話でもあるので、そこに部外者である公権力が罰則付きで介入するというのは、難易度が高くてしかるべきことなのですね。国民全員が納得する正解はない話なので、調整の中で落としどころを探るわけです。私の携わった平成19年の引上げ以来、社会的注目の高まる中で上げ幅も大きくなり、現在では2桁円の引上げも珍しくなくなりましたが、調整の難しさは変わっていないと思います。その後、大臣官房での法令審査業務を経て、健康局でやっていたのはB型肝炎訴訟の和解交渉です。補償範囲や金額を決めていくものなので、これはまた、調整の最たるもの、という感じの仕事でした。和解協議が成立した翌月、私自身は役所を辞めました。調整の技をさらに磨くか、より自由度の高い世界でやってみるか、悩んだ末の一つの判断でした。役所は辞めましたが公共の仕事への関心は強いですので、現在は、コンサルタントという立場から国・地方問わず官公庁の仕事を支援しています。」

――数ある大企業もある中で、なぜその厳しい世界をキャリア志向の方達は目指すのでしょうか?

「それだけ難しい仕事なのです。下積みが長いのも、全方位的な調整ができないといけないから。組織をまとめ、政治との繋がりもコントロールできる。民間の団体にも、役所にも、『この人なら調整できる』と信頼してもらうこと、それが役人のゴールイメージなんじゃないかなと思います」

『感情コントロール』をしながら、忍耐を重ねる
社会の成り行きを見渡せる『ビジョン』も備えよう

――行政サービス職で重要なコンピテンシーというと?

「『感情コントロール』は大事じゃないでしょうか。今のご時世、時代の流れも早い中で、階層組織の下積みを続けていると、なかなかレバレッジが効いてこない感覚をおそらく10年くらいは経験することになります。厚生労働省の場合は、福祉、労働、年金など幅が広く、『自分はどれをやればいいんだ?』と考えながら、自分が育てていく分野を作らないといけない。10年以上がんばって、人並み以上に専門性を深めて、こんなことをやらせてくださいと言えるようになるのはそこから先。モチベーションが維持できなければ、そこまでです。『感情コントロール』の中でも、特に必要なのが『忍耐』かもしれないですね」

――その中で『ビジョン』を持つことは大事ですか?

「社会の成り行きを見通せるという意味での『ビジョン』は必要だと思います。例えば医療を考えると、団塊の世代が後期高齢者になり始めるのが2025年くらい。その波を迎える時と波が去った後では医療の世界は大きく変わるはずなのだけど、法律を作るにはどんなに駆け足でやっても1年、慎重にやると10年かかってもおかしくない。その間に社会が見立てとは変わってしまっては意味がなくなってしまいます。逆に、個人のキャリアビジョンはあまり描かない方がいいかもしれないです。大組織の中でやりたいことを掴み取るための『組織への働きかけ』は大切ですが、基本的には主語は『私』ではなく『我々』、つまり厚生労働省、ひいては日本政府という組織でビジョンを持たなくては、人事異動のたびに自分も関係者も混乱してしまいます」

まずは基礎体力と、議論できる仲間を作る
就活では現場の働き方を知っておくべき

――行政サービス職を目指す上で、学生の時からできることはありますか?

「法学に限らず何でもいいですが、自分が持っている専門はきちんと勉強した方がいいと思います。その中で、問題を把握して分析する『論理的な思考』などが養われますから、まずは、基礎体力をつけること。もう一つは、議論ができる仲間を作った方がいい。私自身、卒業して10年くらい経ちますが、今でも遠慮しないで議論ができるのは学生時代の仲間です。社会に出ても友人はできますが、少し質が違う気がしています。キャリアや仕事の悩みをお互い信頼し踏み込んで話し合える、それが人生の転機ですごく助けになりますし、全人的に関係できる仲間を持つのは、単純にうれしいことで、生きる力にもなります」

――最後に就活生たちにメッセージをください。
「業界に入るのであれば、中の働き方は知っておいた方がいいです。役所のOB訪問はそんなに多くないですが、説明会はいろいろ開いていて、若手が正直に話してくれることもあります。役所によって様々な色があるので、会って話すとその組織が持っている空気感や一人一人に宿っているものも感じられます。働き方や、不満に思っていることなど、ネガティブなことも聞いてみて、そのストレスに対する受け止め方が自分と似ているところを選ぶと入省してからのミスマッチが少ないかもしれない。ぜひ積極的に参加してもらいたいですね」