外国で働くために必要な「コンピテンシー」って? グローバルに活躍するためには「卒論」が大事

その1 グローバルに活躍するためには「卒論」が大事!

神宮司:まずは、カルソニックカンセイに入社した動機を教えてください。

鶴澤:私はもともとF1などの自動車レースが好きで、カルソニックという会社の名前もすでに知っており、自動車に関われる仕事で面白そうだと感じて学校推薦枠で入社しました。
大学、大学院では機械工学を専攻し、熱の伝わり方について研究する「伝熱工学」を学びました。会社で扱っている部品は専攻分野ともかかわる熱交換器くらいしか知りませんでした。

四戸:自分も元々自動車業界に興味がありました。大学でも理系に進めばよかったのですが、数学が不得意で文系に進みました。文系学部で自動車関連の就職先を選ぶことはできるのか周りに相談したところ、「文系ならどの学部に行っていても変わらない」と言われ、当時最も興味があった文学部を選びました。大学では歴史を研究しています。

長妻:私も自動車が好きで、もともと輸送機器に関わる仕事を希望していました。大学では機械工学科で樹脂系の研究をしていました。大学時代の研究をいかし、車の内装技術を通じて社会に貢献できると考えました。
また、今思うと単純なんですが、自動車メーカーに行くとその会社の自動車しか一生乗れないのではとも思っていました。いろんな会社と付き合いたいと思い、部品メーカーを選びました。カルソニックカンセイは複数の部品を組み合わせて標準化された大きな部品群を作る「モジュール化」をすすめており、「この会社は今後ビジネスがもっと広がる」と可能性を感じて入社を決めました。

神宮司:カルソニックカンセイではどんな仕事をされてきましたか。

鶴澤:私は幸い入社後、大学時代の専攻につながる熱交換器設計部に配属されまして、そこで17年間設計業務を行いました。ただ、部署内での配属替えを通じ、伝熱だけでなく構造設計や強度設計など様々なことを学べたのが面白かったです。その中で、自分は伝熱の設計よりも強度設計の仕事をやる方が面白いのでは、という気づきもありました。2008年から北米カルソニックカンセイ(ミシガン州)で4年半設計の仕事を行い、昨年度よりコーポレートプランニンググループに所属しています。

四戸:入社後は海外事業本部に配属されました。当時はまだ国内の売上比率が高く、海外事業が全社的な業務という位置づけではなかった時代でした。入社2~3年目に長期海外事業戦略を立案したのですが、ボツになったことを覚えています。その後、2001年から経営企画室で海外拠点の収益管理にたずさわり、07年からは購買部へ異動、日産自動車にバイヤーとして出向しました。
10年にタイのカルソニックカンセイタイランド社に出向になり、3年間勤務しました。赴任一か月後にバンコク暴動が起き、他にも洪水など様々な予測できない事態に見舞われました。13年に帰国し、現在はグローバル組織活性化本部で人事を担当しています。会社全体の従業員が共有すべき価値観(CK WAY)を世界的に浸透させる文化醸成の他、ダイバーシティ、海外駐在員200人のサポートなどを行っています。

長妻:最初は内装生産技術部門で働き、3年間新車製品を“品質よく・安く・早く”実現する為の生産工程の準備業務を行いました。ある程度1人前にできるようになったある日、アメリカ配属に。まさかこんなに早く海外に行くとは思わなかったのですがいいチャレンジだと思い、2005年から5年間カルソニックカンセイアメリカ(テネシー州)で勤務しました。帰国後は生産技術、企画、日産自動車の原価企画へ出向を経て現在生産技術に関わっています。

神宮司:今までの仕事の中で、学生時代の経験や感じた事、身についた力が活かされたと感じたことはありますか?

鶴澤:身につけようとして身につけたというよりは、今考えてみると身についていた力が活きたことが多いですね。
私は子供の頃から好きな宿題、好きな科目しかやりませんでした。今思えば、好きなものと嫌いなものを瞬時にかぎ分ける癖がついていたのだと思います。大学に入り、どうしたら自分の嫌いなことをできるのか、考えるようになりました。例えば周りの友達に質問したり、誰かにお願いをしたりするとかですね。私は学生時代にアメリカンフットボールをやっていまして、筋トレが嫌いだったのですが負けないためにもどうしてもやらざるを得ず、詳しい先輩に聞きながら筋力を鍛えました。そういった経験の中で、嫌いなものにかける時間を短くして自分の好きなことを突き詰めるペース配分を学んだ気がします。これが、仕事にも活きています。
人によって物事に対するアプローチは違うと思います。私は仕事に関しては、しっかりとしたアウトプットができていればいいと思っています。だから仕事の中でも、自分が面白いと思う仕事に時間をかけられるように頑張っています。

四戸:私は大学で歴史を専攻し、中国近代史で卒業論文を書きました。どうせなら自分の好きなことをやろうと考えたのですが、研究のために様々な文献を読みこんだことで一つの事実に対するアプローチの多様性を学びました。研究者ごとに立場、ものごとの捉え方で後に導き出される結論が変わってくることが面白かったです。その過程で、様々な価値観を受け入れることが身についたのかもしれません。
また、私は海外旅行が大好きで、学生時代は毎年必ず旅行に行っていました。旅行費用を稼ぐために様々なアルバイトもしました。個人旅行だったこともあり、地元の人々との交流の中で宗教、文化、民族などの違いを体験できたことが特に海外でローカルのスタッフと仕事、マネジメントをしていく上で活きていると感じます。

神宮司:昔から海外に興味があったのですか?

四戸:そうですね、海外で働いてみたいという漠然とした興味は持っていましたが、何か実行していた訳ではないです。ただ、結果として希望していた海外事業部門に配属となり、学生時代の経験が活きました。

長妻:私は、学生の最後に書く卒業論文が大切だと思っています。卒論では自分で課題を設定し、期限までに結果を出すことが求められます。これは仕事と同じです。仕事は課題に対して期限までに結果を出す繰り返しです。
課題は簡単だとすぐ終わってしまうので、自分がたどり着くのは難しいが、絶対にできない課題は設定しません。自分の目標値にあった課題を常に解いていくのは一緒。面接などで学生に卒論について聞くと、しっかりやっている人は自信をもって話します。私はそうした学生を特に素晴らしい活動をしていると評価しています。
研究はほとんどがうまくいかないが、自分の立てたプランを修正しながらやっていったことは、今仕事でやっていることと変わらないと思います。研究内容が直接今やっていることと関連している訳ではないですが、考え方などは活きていますね。

続きへ:その2 英語は「水漏れシャーシャー」でも可!大切なのは人間力