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命をかけて地中海を渡り、欧州を目指すアフリカの人々 ソーシャルメディアが若者を刺激、渡欧を加速化

<写真説明>
ジジガは首都アディス・アババから東に約620キロ東にある町だ。人口のほとんどがムスリム。©Kiyori Ueno

連載:世界は広く、おもしろい!

日本のメディアでもここ数年、アフリカからの移民を乗せてリビアからイタリアへ渡ろうとしていたボートが地中海で相次いで転覆、沈没し、多くの人が溺死するというニュースが何度も取り上げられているので、日本の読者も知っている人が多いだろう。

筆者はアフリカから欧州に渡る移民たちの背景を知りたいと思い、移民の輩出元であるエチオピアのある町で話を聞いた。その町は地中海から約5000キロ離れた同国東部のソマリ州の町ジジガ。この町で暮らす40代の男性の17歳の息子は今年5月、地中海をボートで渡ろうと試み、ボートが沈没して溺死したという。

息子はある日突然姿を消し、ジジガからアディスまで約620キロをバスで西に移動、さらにバスで北部の町ゴンダールを経て、スーダンとの国境の町メテマへ。そこから歩いてスーダンに入り、サハラ砂漠を経てリビアの首都トリポリへ。それぞれの国には渡欧を目指す移民をターゲットにした密航業者がおり、彼らを手引きする。男性は、「息子はこの町での生活にとても絶望し、自暴自棄になっていた。ここには息子のような若者がたくさんいる」と説明した。息子の遺体はエチオピアには戻らない。

この数年、紛争、抑圧、飢餓などを背景にシリアなどの中東や、エチオピア、エリトリアなどのアフリカから欧州を目指す難民・移民の数が急増している。国際移住機関(IOM)によると昨年はトルコ経由の陸路と地中海を渡る海路を使って100万人以上の人々が欧州連合(EU)域内に入り、今年も既に24万人以上が欧州入りしている。昨年、世界の難民や避難民の数は第2次世界大戦後を上回り、過去最多の6530万人になった。

移民たちが欧州入りするために取るルートは出身国で異なるが、エチオピア、エリトリア、ソマリア、ナイジェリアなどのアフリカ諸国から欧州に渡るルートの中で多くの移民が取るのが、リビア、チュニジア、エジプトなどから地中海を渡り漁船やボートでイタリアへ向かうという最も死亡率が高い危険なルートだ。

しかし、このルートで欧州へ渡ろうとするアフリカ人は後を絶たず、特に季節がよくなる春先から夏にかけては年間のピークを迎える。IOMによると、今年はこれまでに地中海で死亡した移民は3200人を超えている。先述の男性の息子はその中の1人だ。

エチオピアは過去10年でほぼ2桁台の経済成長を見せているが、いまだに世界でも最貧国の一つだ。政府も強権支配を行う半独裁国家として知られる。同国の中でもソマリ州は伝統的に遊牧民の土地で、乾燥した土地は干ばつの影響を受けやすく、貧しい州だ。実際に、昨年エチオピアを襲った30年ぶりと言われる大干ばつで、多くの人々が食糧配給の支援を受けている。この大干ばつも移民の動きを加速させている。

それに加えて、ソマリアに隣接する同州は、イスラム過激派アルシャバブの危険や、同州オガデン地方の独立を訴えるイスラム系武装反政府組織の反乱という問題も抱えており、これらを抑えるためにライフル銃を持った迷彩服姿の特別警察が町中で警戒している。筆者が滞在していた間にも、ある夜、特別警察が通りで市民の男性を何度も殴る姿を見た。

IOMは、「欧州に行けばはるかにより良い生活が待っている、という認識を持っている人が多く、また、過度な期待を持っている人も多い」。IOMによると、移民の中には女性も多く見られるという。そして女性たちは、途中で強姦されるなどの危険があるために、避妊用ピルを飲み、「危険を覚悟して」、欧州へ渡るのだという。

移民の動きを加速させているもう1つの理由がソーシャルメディアだ。ソーシャルメディアは移民たちが渡欧に成功して幸せそうな生活をしている様子を伝える。そしてフェースブックやチャットなどを通じて互いに緊密かつ迅速に連絡を取ることができる。一方の密航業者もソーシャルメディアを使って移民と接触をする。

先述の息子を亡くした男性は、「ドイツに渡ることに成功した息子の友達がスマホで息子に対して『ジジガで何をやっているんだ?』とか『ドイツではいい生活ができる』など何度となく息子を誘っていた」と話す。「それによって息子は感化されてしまった」。

上野きより ジャーナリスト、フォトグラファー、元国連機関職員
信濃毎日新聞社、ブルームバーグ・ニュース東京支局などで記者として働いた後、国連世界食糧計画(WFP)のローマ本部を経て、食糧支援の現場であるエチオピア、ネパールで働く。2016年から独立。米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院修士課程修了。慶應義塾大学文学部卒業。東京出身。