“非常事態宣言”の名の下に自由と権利が侵害されるエチオピア

(写真)エチオピアの首都アディス・アババの様子。全土が非常事態宣言下にあり、自由が制限されている。(©Kiyori Ueno)

連載:世界は広く、おもしろい!

 今、非常事態宣言下にあるエチオピアにいながらこれを書いている。連載第19回でもお伝えしたように、エチオピア政府は10月8日、国内全土に6カ月間の非常事態を宣言した。昨年11月から続く反政府の抗議活動が前代未聞な規模にまで発展し、その事態の沈静化を図るためだ。

 一体、非常事態宣言とは何か?私は今回のエチオピアにおける非常事態宣言に居合わせたことで、強権的な政府はこの宣言の名の下に国民の自由や権利を不当に奪うこともあるということを知った。

 エチオピア政府が出した非常事態宣言の内容は、集会の禁止、政府の許可なしでの抗議活動の禁止、裁判所の令状なしでの逮捕、政府が“人々の間に混乱、疑念、不和を生む”とみなすメッセージを送る手段としてソーシャルメディア、携帯電話などあらゆる通信手段を使うことが禁止された。また、“リハビリテーション”という、国際人権団体が体罰を伴うものと批判する拘束も可能にした。

そして実際、非常事態宣言後、多くの人々やジャーナリスト、ブロガーが拘束され、携帯電話上のネット接続は断たれ、フェースブックやユーチューブも完全にシャットダウンされている。つまり、市民が一度に多くの人々にメッセージを伝える手段が完全に断たれたということになる。また、政府に批判的な雑誌社は印刷会社が印刷を拒否したために出版停止を余儀なくされた。まるで中国か北朝鮮のような状況だ。

 エチオピアは強権政治を行うことで知られてきた国だ。反政府活動が活発化する前から、政府は反政府的な運動を弾圧したり、表現の自由を制限し、政権に批判的なジャーナリストや当局に異を唱える人々を政治犯として投獄するなどして国際人権団体からも批判されてきた。2005年には総選挙の結果に反対する市民たちが集ったデモを当局が弾圧し、約200人が死亡するという事件も起きている。

 このような国にいると、非常事態宣言というのはこれまで政府が行ってきた自由や権利の侵害を堂々と合法的に行うために使うという印象を受ける。このような国においては単に警察官や治安部隊の数が増えるのではない。政府が国民をコントロールする権力が一気に増大するのだ。

 この夏、私はやはり非常事態宣言下にあったフランスにおり、7月に起きたニースのテロ事件により同宣言は6カ月間延長されるという状況を目の当たりにした。延長により、それまでよりも治安当局の権限が強化され、新たに外国籍のテロ容疑者の強制的な国外退去が可能になったり、捜査当局がパソコンや携帯電話内の情報を容易に取得できるようになった。けれども実際に当局による行き過ぎた捜索が行われると、メディアはそれについて批判的に報じていた。フランス、エチオピアと2つの国の違いを見ると、国民が政府を監視する権利が実際に行使されている国とされていない国、その違いにより、同じ“非常事態宣言”でも実際に意味することは違ってくる。

 緊急事態宣言に対しエチオピアの最大の援助国であるアメリカの国務省はリリースを出し、「逮捕状なしの拘束を許可し、インターネット・アクセスの遮断や集会の禁止、外出禁止などにより表現の自由をさらに制限するという(エチオピア政府の)決定が及ぼす影響に困惑している」と批判した。潘基文国連事務総長のスポークスマンもエチオピア当局に対し「人権を守るように」強く促すと述べた。

 非常事態宣言下のエチオピアの今後を見守りたい。
+++++(了)+++++

上野きより ジャーナリスト、フォトグラファー、元国連機関職員
信濃毎日新聞社、ブルームバーグ・ニュース東京支局などで記者として働いた後、国連世界食糧計画(WFP)のローマ本部を経て、食糧支援の現場であるエチオピア、ネパールで働く。2016年から独立。米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院修士課程修了。慶應義塾大学文学部卒業。東京出身。