「原稿」より「健康」 新聞社に伝わる言葉

ビジネスに役立つ言葉たち

新人記者時代、毎日のように原稿と格闘していました。先輩記者や同僚記者がさらさらと書いた原稿をデスクに出すのを横目で見ながら、「負けずに書かなければ」と気持ちばかり焦っていました。でも、取材が足りなかったり、書き方がまずかったりで、デスクからは原稿を突き返される日々。夜遅くまで机に向かっている私を少しは気の毒に思ってくれたのか、先輩記者が「『原稿より健康』って言うからな」とこの言葉を教えてくれました。

 「原稿より健康」とは、もちろん語呂合わせです。原稿を扱う職場でないと使えない語呂合わせですから、新聞社や出版社あたりだけで使われていたのだと思います。一般的な言い方をすれば、「仕事より健康」となりますが、これでは当たり前すぎて長く使われ続ける言葉にはならないでしょう。電通にも「原稿より健康」という意味の言葉が代々伝わっていたとすれば、新人女性社員の悲劇はなかったかもしれないと夢想したりします。

 私は記者時代、編集者時代、心身の変調を感じると、「原稿より健康」と自分に言い聞かせていました。ひょっとすると上司からは、「頑張りのきかないやつだ」と思われていたかもしれません。実際、デスクからこんなことを言われたことがありました。「部長が、『一色はすぐに楽な道を行くから、もっと負荷をかけて鍛えるように』と言っていたよ」と。でも今になって思います。自分の心身のことは自分にしか分かりません。頑張りすぎないでよかったと。大きな病気もせずにここまでくることができたのは、この言葉のおかげといえば言い過ぎでしょうか。

 仕事にストレスはつきものです。若い頃は特に、焦りや経験不足からストレスを感じがちです。それが高じると健康を害してしまいます。結局、仕事もうまくいかなくなります。「仕事より健康の方が大切」ということを意味する呪文のような言葉を自分でつくっておいたらどうでしょう。健康を害する一歩手前であなたを救ってくれる魔法の呪文になると思います。 

朝日新聞社 教育コーディネーター
一色 清(いっしき・きよし)
1978年朝日新聞社入社。福島総局、成田支局、経済部記者、週刊誌「アエラ」編集部、経済部次長を経て、2000年「アエラ」編集長。beエディター、出版本部長補佐などを歴任。08年10月から11年3月までテレビ朝日「報道ステーション」コメンテーターを務めた。共著に『知の挑戦 本と新聞の大学』(集英社新書)。