エチオピアで広まる日本の柔道

(写真)=アディス・アババの“ジュベントス・クラブ”の道場で柔道を教えるニグセさん。(©Kiyori Ueno)

連載:世界は広く、おもしろい!

エチオピアの首都アディス・アババに約50年前からあるイタリア人コミュニティーのスポーツクラブ“ジュベントス・クラブ。”敷地内にサッカー場、体育館、バー、レストランなどがあるこのスポーツクラブの一角に、畳が敷かれた柔道の道場がある。

この道場で毎週月曜日と金曜日の午後から幼稚園児、小学生、中高生、そして大人のクラスと年齢別に4つの柔道クラスが開かれている。生徒数は計約50人。最年少の生徒は3歳半のエチオピア人の男の子だ。アフリカ連合(AU)の首都であり国際機関も多いアディスだけあって、生徒はエチオピア人だけでなくフランス人、アメリカ人、イギリス人などの外国人も多い。

ヤレッド・ニグセさん(28)はこの道場で柔道を教えているエチオピア人だ。ニグセさんはエチオピアに3人しかいない黒帯の保持者で、段位は1段だ。

アディス出身のニグセさんが武術を始めたのは15歳の時だった。自宅近所に世界的に有名な武術家ブルース・リーが創始したジークンドーのクラブがあり、ブルース・リーに憧れて習い始めた。高校を終えた後、大学には行かずジークンドーの道へ。日中は車の修理工場で働きながら毎夜、修練を積んだ。「色々な人から才能があると言われた」と振り返る。

そのニグセさんが柔道と出会ったのは2010年。エチオピアに柔道を広めるためにドイツからやって来た柔道家が開いたセミナーに参加したのがきっかけだった。初めて柔道を知り、そのテクニックのレベルの高さと、背景にある哲学に魅せられた。「エチオピアには伝統的なレスリングがある。けれども、エチオピアのレスリングには柔道着はなく、Tシャツと短パンでやるし、相手を押して倒せば勝てる。アート(武道)ではない」とニグセさんは言う。「柔道は体だけではなく脳も使う。スマートでないといけない。そして哲学がある」。

ニグセさんはその後、めきめきと力を伸ばし、黒帯と段を取った。3年半前から“ジュベントス・クラブ”で教え始め、現在はエチオピアの学校やロシア文化センターの柔道クラブでも教えている。

エチオピア人の柔道への関心が高まっているのを感じる。とはいえ、今活動している柔道クラブは自分が教えているイタリアのスポーツクラブとアディス市内にもう1カ所だけだ。「エチオピアで柔道をもっと広めたい。そのためにも日本から一番ほしいのは、柔道の経験が豊かなトレーナー。柔道を教えるのはとても難しい。柔道をより効果的に教える方法を日本人に教えてもらいたい」と話す。

ニグセさんは柔道が生まれた国、日本にはまだ行ったことがない。来年は日本で行われる柔道セミナーに招かれる予定で、初めて柔道発祥の地で行われる柔道を見られると胸を膨らませている。日本で学んだことをエチオピアに持ち帰り、さらに修練を積み、いつかアディス市内に自分の道場を開くのが夢だ。

上野きより ジャーナリスト、フォトグラファー、元国連機関職員
信濃毎日新聞社、ブルームバーグ・ニュース東京支局などで記者として働いた後、国連世界食糧計画(WFP)のローマ本部を経て、食糧支援の現場であるエチオピア、ネパールで働く。2016年から独立。米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院修士課程修了。慶應義塾大学文学部卒業。東京出身。