世界へ広まるエチオピアの主食テフ

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①エチオピアの主食インジェラ。エチオピア人は毎日、毎食食べる。(©Kiyori Ueno)

連載:世界は広く、おもしろい!

 エチオピアの人は何を食べているの?とよく聞かれる。エチオピアの主食は“インジェラ”と呼ばれる少し酸っぱいクレープのような食べ物だ。このインジェラの上にヤギや鶏の肉、豆を材料にしたカレーのような煮込み料理などをのせて、手でちぎりながら丸めて一緒に食べるのが一般的な食べ方だ。

 インジェラの原料はテフというイネ科の穀物。インジェラは製粉したテフを水で溶き、数日間発酵させた後、薄く焼いて作る。酸味は発酵させることからうまれる。インジェラはエチオピアの伝統食であり主食で、多くのエチオピア人が実に毎日、毎食、食べる。

 このテフが、本場エチオピアの外で新たな“スーパーフード”として健康志向の高い人々やセレブたちから注目を集め、消費が広がっている。サッカー選手のベッカムの妻ヴィクトリア・ベッカムや英女優グウィネス・パルトロウなどの世界的なセレブたちはテフの大ファンと公言。テフは世界各地のスーパーや、健康食品店でも次々に売られ始め、パスタやプロテインバー、パンケーキ用のミックスなどの材料としても使われ始めている。

 テフの歴史は古い。人類発祥の地とされるエチオピアはテフの発祥の地でもあり、テフを3000年以上前に栽培化し、生産してきた。今でも世界に出回るテフの90%以上はエチオピア産だ。粒の直径は0.9〜1.7ミリと極小。“テフ”の名は、エチオピアの公用語であるアムハラ語の“見失う”に由来するという説もあるほどだ。

 テフは小麦や大麦に比べて2—3倍の鉄分を含み、タンパク質やカルシウム、ミネラル、繊維も豊富。エチオピア人アスリートたちの身体能力の高さはテフの栄養効果のおかげとも言われている。

 また、テフは健康志向の高い人たちの間で注目されている“グルテン・フリー”な穀物。グルテンを含む小麦粉にアレルギーを持つ人も安心して食べられる。“グルテン・フリー”の食生活は体調を良くするという声が広がっていることから、“グルテン・フリー”の食品やメニューは欧米を中心に広がっており、この“グルテン・フリー“志向もテフ人気に拍車をかけている。

 世界のテフ人気のトレンドに乗っているのがエチオピア人起業家ハイル・テセマさんだ。2003年にアディス市内にインジェラを製造・販売する会社“ママ・フレッシュ”を設立。エチオピアの働くカップル向けにインジェラを製造、販売し始めた。2010年には販売を海外に拡大し、真空パックにしたインジェラを空輸で輸出し始めた。今では最大の販売先のアメリカは週に6回空輸、スウェーデンは週3回、ノルウェーは週2回、ドイツは週1回。この他にもクウェートとナイジェリアにも輸出している。

 健康志向の広がりから売り上げは毎年20−30%の伸びだという。「エチオピアのテフは質がよく、特別だ。我々のビジネスは拡大する一方ですよ」とテセマさんは言う。近いうちに日本や中国などアジアへも輸出を開始する計画だという。

 一方、外国人の間のテフ人気を背景に、エチオピアでテフの新たな食べ方を提案し、テフ・チップスを生産、販売し始めたのが在エチオピアのアメリカ人、ヴァレリー・ボードさんだ。通常のインジェラより薄いインジェラを作り、1口サイズに切ってオーブンで焼いて作ったテフ・チップスは通常のインジェラよりも発酵時間を短くすることで特有の酸っぱみを抑えている。外国人の多くがインジェラの酸っぱさを好まないためだ。

 エチオピア人は食に非常に保守的な国民として知られる。アフリカで唯一植民地化されたことのないエチオピアは異文化との接触が極めて限られており、インジェラ以外の外国の食べ物を試そうとする人は少ない。テフもインジェラとして食べることに大満足しており、それ以外の食べ方をする人はほとんどいない。「エチオピア人はテフのチップは『とても奇妙だ』と言って食べないのです」とボードさんは言う。一方でジャンク・フードを食べる人は劇的に増えている。「発展=アメリカのもの、と思っているからジャンク・フードを食べる。テフのように健康的な食品があるのに、です」。

 ボードさんのテフ・チップスビジネスの販売先はまだバザーや各国大使館などと限られている。しかし、健康志向の高まりで確かな手応えを感じている。近々エチオピア国内のスーパーで売り初め、いずれ輸出する計画だ。「保守的なエチオピア人も、外国人がテフ・チップスを食べているのを見て“クール”と思って食べるようになるかも知れないと思っている」。

上野きより ジャーナリスト、フォトグラファー、元国連機関職員
信濃毎日新聞社、ブルームバーグ・ニュース東京支局などで記者として働いた後、国連世界食糧計画(WFP)のローマ本部を経て、食糧支援の現場であるエチオピア、ネパールで働く。2016年から独立。米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院修士課程修了。慶應義塾大学文学部卒業。東京出身。