日本のことわざ・「好きこそ物の上手なれ」

ビジネスに役立つ言葉たち⑫

朝日新聞社教育コーディネーター 一色清

「好きこそ物の上手なれ」

聞いたことのあることわざだと思います。好きなことなら一生懸命取り組むので上達が早い、という意味です。

就活にも通用することわざでしょう。好きな仕事なら、ストレスは小さくなり、やる気も出ます。私は小さいころから文章を書くのが割と好きでした。記者になり、取材や社内の人間関係ではいろいろな苦労もありましたが、文章を書くときのストレスはほとんどありませんでした。もし文章を書くのが嫌いだったら、どんなに苦痛だっただろうと想像します。まして、高所恐怖症の人が航空会社に入ったり、お酒を飲めない人がビール会社に入ったりすると、会社にとっても本人にとっても不幸以外の何物でもありません。

ただ、就活の場合の「好き」は「そこそこ好き」くらいのレベルがいいと思います。業界や会社や仕事が「ものすごく好き」とか「あこがれ」といったレベルになると、お勧めできません。

たとえば、あなたがディズニーランド大好き人間だとしましょう。年間パスポートを買って、年に何十回も行っています。ディズニーのキャラクターグッズに囲まれ、ディズニーの映画は欠かさず見ます。そんなに好きなので、就活もオリエンタルランドを志望しています。

この場合、問題は2つあります。ひとつは果たして採用されるかという問題です。会社は、ファンをとりたいのではありません。あくまでビジネスに役立つ人材をとりたいのです。いくら好きでも、アイデアやコミュニケーション能力や客観的観察力などがなければ、一緒に仕事をしようと思わないでしょう。「ものすごく好き」な人は、往々にしてその会社に所属することだけが目的になりがちです。採用のプロからは厳しい目で見られるはずです。

もうひとつの問題は、仮に採用されたとして、あなたの幸せにつながるのかということです。余計なお世話かもしれませんが、私はそれが心配です。「好き」の気持ちはいつまでも変わらないのでしょうか。年月が経てば、気持ちが冷めることもあるでしょう。年月だけでなく、仕事として舞台裏の世界を見ることで夢から覚めることも考えられます。仕事には普通の会社と同じような苦労が待ち受けているはずです。現実を知ることで、好きでたまらなかった時代の気持ちはどこかに行ってしまうこともあるのではないでしょうか。それはあなたにとってとても大事なものを失うことになりませんか。

「好きすぎる」ものは仕事にしないで趣味にとっておくほうがいいと思います。「そこそこ好きこそ物の上手なれ」、です。

朝日新聞社 教育コーディネーター
一色 清(いっしき・きよし)
1978年朝日新聞社入社。福島総局、成田支局、経済部記者、週刊誌「アエラ」編集部、経済部次長を経て、2000年「アエラ」編集長。beエディター、出版本部長補佐などを歴任。08年10月から11年3月までテレビ朝日「報道ステーション」コメンテーターを務めた。共著に『知の挑戦 本と新聞の大学』(集英社新書)。