「ポスト真実の時代」② ウォーターゲート事件の教訓

写真は、大統領選討論会でのトランプ氏の映像 ⓒAsahishimbun

いまこそ、言葉の威力と限界について考えよう

1972年6月17日未明、米国の首都ワシントンD.C.のウォーターゲート・ビル内にあった民主党本部。そこに不法侵入した5人組の男がワシントン市警に現行犯逮捕されました。CIAの元工作員を含む連中は、11月の大統領選で再選を目指すニクソン大統領(共和党)の選挙対策本部に雇われ、盗聴器を仕掛けていたのです。

当初は地方版の小さな「押し入り犯」の記事にしかなりませんでしたが、ワシントン・ポスト紙の若い記者2人がコンビを組み、独自の調査報道を展開し、さまざまな困難に直面しながら、真実に一歩ずつ近づいていきました。

ニクソン大統領は5カ月後に再選されましたが、2人の追求で民主党本部の盗聴や選挙妨害の秘密資金、事件のもみ消し工作、司法妨害、特別検察官解任などをめぐり、ニクソン大統領と政権幹部の関与が次々に判明しました。後に分かったことですが、2人が連発した大特ダネの情報源はFBI副長官でした。匿名を条件に特ダネのヒントを提供していました。一種の内部告発者(deep throat)といえます。

盗聴テープの内容やニクソン大統領が捜査の中止を命じたことが明らかになると、議会も大統領弾劾裁判を要求し始めました。裁判が開かれれば、罷免は必至とみられていたため、大統領は「コソ泥事件」から2年2カ月後、任期途中で辞任しました。

この「現職大統領の犯罪」という大政治スキャンダルは4年後に映画化されました。名優ロバート・レッドフォードとダスティン・ホフマンが共演した「大統領の陰謀」(All The President’s Men)は、アカデミー賞4部門で栄冠に輝きまました。

記者の手記をもとに映画化を提案し、自身も記者役を演じたレッドフォード氏は最近、同紙にコラムを投稿し、この作品によって「言葉が武器」になることを浮き彫りにしたと振り返っています。

トランプ大統領がメディアを批判(前回コラム参照)するように、ニクソン大統領も当時、メディアを「卑劣」と決めつけていました。それにもめげず、報道し続けた結果、関係各界で説明責任(accountability)を求める声が鳴りやまなくなり、大統領は失脚に追い込まれたのです。レッドフォード氏は、結果的に、合衆国憲法が意図した権力の「抑制と均衡」(check and balance)のシステムは機能したと語っています。

しかし、このところ、そんな空気は薄れてきたとレッドフォード氏は嘆いています。

なぜ、そうなってしまったのか。なぜ、主要メディアよりトランプ大統領の方が信頼できると思う人が増えているのか。なぜ、真実を云々するジャーナリストが「うざい」と思われたり、嫌われたりするのか。当時は存在しなかったネットの出現と関係しているのか。

言葉を武器にする人たちは、フェイク・ニュースが「真実」としてまかり通ってしまう「ポスト真実の時代」の現実から逃げるべきではない、というのがウォーターゲート事件から45年目の教訓だと思います。皆さんも、この現実を謙虚に受けとめ、言葉の威力と限界について改めて考えてみてください。

杉本 宏(すぎもと・ひろし)
朝日新聞社教育総合本部 シニアスタッフ
1984年に朝日新聞社に入社。政治部、外報部記者を経て、ロサンゼルス支局長、アトランタ支局長、ワシントン総局員などを務める。五輪やW杯、ハリウッドの動向からロサンゼルス暴動、9・11同時多発テロ、米ロ首脳会談など、国際問題を幅広く取材した。共著に「アメリカ解体全書」(KKKベストセラーズ)。昭和女子大現代ビジネス研究所の研究員も兼ねる。