世界の時流をつかもう/中間所得層の台頭でエンパワメントの増強/地球に一筋の光

書店のコーナーで「下流老人」、「下流社会」といったタイトルの本を目にすると、陰鬱な気分に沈みます。いったん転落したら、この先どこまで行っても希望の光が射さない「暗夜行路」が待ち受けているではないか。ついそう思ってしまいます。

日本で盛んな「格差社会論」は、1億総中流といわれた層から下層への脱落者が増えつつあることを問題視しています。これは、日本だけでなく、先進諸国に共通する現象で、グローバル化と情報通信やロボットなどでの技術革新の裏返しとも言えます。

大統領選の予備選で、過激な発言で既成政治を批判する候補が無視できない運動になりつつある米国でも、「子どもの世代は親の世代より豊に」というアメリカンドリームはしぼみ、閉塞感を募らせる人が増えています。欧州で広がる反移民感情の根底にも、雇用や賃金を脅かされている中流層の希望喪失があります。

しかし、地球社会を総体として眺め渡し、その将来を展望すると、また違った光景が見えてきます。前途は、必ずしも暗くないです。一筋の光明すら見出すことができます。

というのも、中間所得層(middle class)が地球的規模で増大しているからです。

米国の調査研究機関Pew Research Centerの分析によれば、2011年の世界人口の56%は、1日の収入が2~10㌦の低所得層に属しています。ところが、人口全体に占める極貧層(1日2㌦未満)の割合は、2001年の29%から15%へと激減しました。一方、中間所得層(1日10~20ドル)を見ると、この10年間で7%(3億9800万人)から13%(7億8300万人)へと倍近くに膨んでいます。

中間所得層といっても、米国では、貧困ライン(1日約16㌦)程度のレベルに過ぎません。とはいえ、グローバルな基準で見れば、1日の収入が10㌦の大台(4人家族の場合、年収1万4600㌦)を突破すれば、日常生活で最低限の安心が得られ、失業や破産など非常事態が起きても、何とか生きていけるといわれています。

この層が一定の規模に達すると、消費需要や貯蓄、投資意欲を喚起し、経済成長にインパクトを与えます。教育の普及にもつながります。公正な経済活動や政治的安定、政府や企業の説明責任といったガバナンス、民主化にも影響を及ぼすでしょう。

こうした潜在力を持つ中間所得層が、控えめに見ても、2030年までに20~30億人に達するのは必至――こう予測する米国家情報会議の報告書(初回のコラム参照)は、この層の台頭を「地殻変動」と位置づけ、教育機会やヘルスケアの拡充などと相俟って、個人の「エンパワメント」(empowerment)増強が世界の大潮流になると分析しています。

エンパワメントとは、不合理な慣習・因習や不公正な制度を改廃し、自分自身の生活を自らコントロールできるようにするプロセスを指します。平たく言えば、人が本来持っている「生きる力」を引き出し、自分や社会を元気づける活動(湧活)です。

もちろん、一筋の光明が輝くかは楽観できません。世界経済の低成長が開発諸国の足かせになっています。日本も決して他人事ではないです。所得格差や男女間、世代間の格差是正に向けて、就労や教育、育児、介護などの分野におけるエンパワメントの障害をとり除くことで出来ることはいくつもあります。育休制度が充実し、イクメンが当たり前になるだけでも、中流層はグーンと活気づくのではないでしょうか。

杉本 宏(すぎもと・ひろし)
朝日新聞社教育総合本部 シニアスタッフ
1984年に朝日新聞社に入社。政治部、外報部記者を経て、ロサンゼルス支局長、アトランタ支局長、ワシントン総局員などを務める。五輪やW杯、ハリウッドの動向からロサンゼルス暴動、9・11同時多発テロ、米ロ首脳会談など、国際問題を幅広く取材した。共著に「アメリカ解体全書」(KKKベストセラーズ)。昭和女子大現代ビジネス研究所の研究員も兼ねる。