正義はグローバル社会で避けて通れぬ課題/異文化の秤も理解しよう/「オバマの正義」に思う

約3000人が犠牲になった2001年9月11日の対米同時多発テロを首謀したイスラム過激派テロ組織「アルカイダ」の首領、オサマ・ビンラディンが米軍特殊部隊によって殺害されて5年が経ちました。毎年、この季節になると、オバマ大統領が殺害を発表した演説の中で用いた「正義」という言葉が思い起こされます。

2011年5月1日午後11時半(米東部時間)、大統領は演説を通じて、犠牲者の遺族らに対し「正義は貫かれた」(justice has been done)と報告しました。

作戦を実行したのは、米海軍特殊部隊の精鋭・シールズのなかでもとりわけ高い練度と志気を誇る23人編成の特命班です。アフガニスタンの米軍基地から2機のヘリに分乗し、「標的」が隠れていたパキスタンの都市アボダバードの邸宅を強襲し、隊員の犠牲も周辺住民の巻き添えも伴わずに目的を遂げて帰還しました。

米国が10年近く行方を追い続けてきた9・11の首謀者をついに「仕留めた」というニュースが流れると、群衆がホワイトハウス前やニューヨークのグラウンド・ゼロに集まり、「U.S.A」を連呼しました。当時の世論調査で、この「正義」を追求した隊員らに「多大な功績」を認めると答えたアメリカ人は9割を超えました。

あれから5年目の節目に、オバマ氏はCNNのインタビューに応じ、「彼が最期の瞬間、アメリカ人は彼が殺した約3000人のことを忘れていなかったと理解していたならばいいのだが」と語りました。今年1月の任期最期の一般教書演説でも、テロに弱腰という批判を意識して、「正義は貫かれるという米国の誓約、つまり私の公約を疑うなら、ビンラディンに尋ねてみてください」と強気の発言をしています。

一体、オバマ政権が力によって示した「正義」とは何か。司法過程を経ない、裁判抜きの殺害によって正義は達成されるでしょうか。それを鉄拳制裁だと思う人もいるでしょう。ワシントン特派員として、9・11の惨劇を目撃しただけに、「オバマの正義」に他人事でいられません。

単純化を恐れずに言えば、法制度が機能していない場合は、「荒っぽい正義」(rough justice)もあり得るが、目に見えない秘密作戦による正義の追求では疑問が残ると思います。例えば、ビンラディンは、どのように殺されたのか。殺害ではなく、生け捕りにすることが不可能だったのか。オバマ政権は、そもそも、捕まえて裁判にかける選択肢を用意していたのか。裁判にかけると、アルカイダによる対米テロが多発するので、裁判は不可能だと踏んでいたのか。目に見える審理を通して判断しない限り、心から正義だと納得できないのではないでしょうか。

いずれにしても、正義は、グローバル社会で活躍するうえで避けて通れない課題です。文化や歴史、政治風土に根付いている各国の正義観を日本流の秤で一刀両断にすることは慎むべきです。その地の裁きのバランス感覚を理解しましょう。

杉本 宏(すぎもと・ひろし)朝日新聞社教育総合本部 シニアスタッフ
984年に朝日新聞社に入社。政治部、外報部記者を経て、ロサンゼルス支局長、アトランタ支局長、ワシントン総局員などを務める。五輪やW杯、ハリウッドの動向からロサンゼルス暴動、9・11同時多発テロ、米ロ首脳会談など、国際問題を幅広く取材した。共著に「アメリカ解体全書」(KKKベストセラーズ)。昭和女子大現代ビジネス研究所の研究員も兼ねる。