「人生に必要なもの。それは勇気と想像力と少しばかりのお金だ」 喜劇王 チャールズ・チャップリン

ビジネスに役立つ言葉たち

 チャップリンの映画を見たことのある人は多いと思います。何がよかったですか。「モダンタイムズ」「街の灯」「黄金狂時代」「キッド」「独裁者」・・・。どれも傑作ですね。腹を抱えて笑える作品が多いのですが、どの作品にも時代への風刺や批判が込められています。

今回の言葉は、上記の5作品より少し後の1952年に公開された「ライムライト」の中のセリフです。足が不自由になった美しい踊り子は、人生に絶望して自殺しようとします。チャップリン演じる落ちぶれた道化師が、踊り子に人生について語りかけます。「怖がりさえしなければ、人生は素晴らしいものさ」と言い、そのあとに続くのがこの言葉です。

踊り子ならずともこの言葉に元気づけられた人は多いのではないでしょうか。
私も映画を見たとき、それだけでいいんだと思って、気が楽になりました。最後に「少しばかりのお金」をもってきたところに、きれいごとではない現実味が感じられます。

 「人生」を「仕事」に置き換えても通用する言葉だと思います。仕事にも、勇気と想像力と少しばかりのお金が必要です。

 たいていの成功者はこの3つを持っているように思いますが、ここではインスタントラーメンを発明した(異論もありますが)日清食品創業者の安藤百福さんのことを書きます。安藤さんは、戦後いろいろな仕事に関わりますが、あるとき、ひらめきます。これから日本人はどんどん忙しくなる。ご飯もパンもおかずを用意したりすると、作るのが面倒で時間がかかる。どんぶりひとつとお湯があれば用意できて、おいしくて栄養もたっぷりの食べ物を作れば売れるのではないか。その食べ物はアジアならどこでも食べられている麺だと考えたわけです。想像力です。

 安藤さんはその頃、借金の保証人になってお金を失うなど、苦しい生活をしていました。でも、裏庭に作った小屋でお湯をかけるだけで食べられる麺の研究を始めます。失敗を繰り返しますが、あるとき妻が揚げていた天ぷらをみて、麺を油で揚げれば麺に細かな穴があき、そこからお湯がしみて麺がやわらかくなることに気づきました。そして、日本で初めての本格的インスタントラーメンであるチキンラーメンが完成しました。これが爆発的に売れます。

 裏庭での研究が実を結ばなければ、安藤さん一家は路頭に迷うことになったかもしれません。でも、そうした危険を恐れず自分を信じて研究に没頭したのは、勇気でしょう。当時、安藤さんの手元には、少しのお金しかありませんでした。でも、そうした研究を続けるくらいのお金はありました。悪条件でも開発を続ける勇気とこれからの時代に必要なものを想像する力と、その間の開発と生活をまかなうだけの少しばかりのお金の三つがあったことが分かるでしょう。逆にいえば、その三つしかなかったとも言えます。

 少しだけ後日談も。安藤さんはそれでは満足しません。次に世界でインスタントラーメンを売りたいと考えます。おいしくて栄養のあるものを簡単に食べたいという思いは、世界共通だと。そのためには、どんぶりに代わるものが必要です。そこで発泡スチロールの容器で名称も英語にしたカップヌードルが誕生します。麺文化のない欧米では売れるはずがないという意見もあったそうです。でもそれを押し切って製品化しました。安藤さんの想像力と勇気のたまものです。このころには、お金は少しではなくかなりたくさんあったでしょうが。

 今ではカップヌードルは世界80カ国以上で販売されています。安藤さんが発明したインスタントラーメンは、世界で年間1000億食も食べられるようになっています。

 私は、勇気と想像力と少しばかりのお金という三つの順番にも意味があると思います。まず、必要なのは勇気ではないでしょうか。少々怖いと思っても一歩踏み出して扉を開けてみる勇気です。すべてはそこから始まります。次に必要なのは、時代を先取りすることです。先取りするというのは、時代をできるだけ正確に想像することです。そのためには、質のいい情報や教養などが必要でしょう。だから、そうしたことをひっくるめた意味での想像力が大切になります。最後にくるのが、少しばかりのお金です。お金がなければ始まらない、なんて思う人もいるでしょうが、お金は少しばかりあればいいのです。勇気がなければ始まりません。そして想像力がなければ、いいものを生み出せません。スタートをきれるだけのお金があれば、いいのです。

朝日新聞社 教育コーディネーター
一色 清(いっしき・きよし)
1978年朝日新聞社入社。福島総局、成田支局、経済部記者、週刊誌「アエラ」編集部、経済部次長を経て、2000年「アエラ」編集長。beエディター、出版本部長補佐などを歴任。08年10月から11年3月までテレビ朝日「報道ステーション」コメンテーターを務めた。共著に『知の挑戦 本と新聞の大学』(集英社新書)。