難民選手団と開催費用の高騰/「夢の製造装置」である五輪の効用と課題/リオ五輪におもう

リオ五輪が終盤に入りました。人間の限界に挑むアスリートの偉業は、いつ見ても夢をかき立てます。今回は、「夢の製造装置」であるオリンピックの効用と課題について考えてみます。

汚職などのスキャンダル続きの国際オリンピック委員会(IOC)ですが、リオ五輪で初めて実現した難民選手団の編成はIOCの快挙だと思います。オリンピック憲章の目的、即ち、「人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会を奨励することを目指し、スポーツを人類の調和の取れた発展に役立てること」に合致しています。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によれば、2014年時点で、紛争などで家を追われ、移動を強いられた人の総数は5950万人。この数字は、1日平均4万2500人が難民や、庇護申請者、国内避難民になったことを意味します。IOCは、難民選手団の編成によって、この現実を何とかしなければならないというメッセージを世界へ投げかけ、世界中の難民に夢と希望を与えたと言えます。難民選手たちは、「全世界の難民を代表して全力を尽くしたい」と話しているそうです。

一方、商業化が成功したロサンゼルス五輪(1984)以来の課題は、五輪のスリム化、コンパクト化です。現地からの報道によれば、リオ五輪は中盤に入っても、市内の各地で「五輪より福祉や教育、貧困対策」と訴える開催反対のデモが続いています。

五輪は、ハード、ソフトの両面で膨大な費用を伴うビッグイベントです。オックスフォード大ビジネススクールの研究報告書によると、1960年から2012年の五輪(冬季と夏季)で開催費用が当初予算に収まったケースは皆無で、当初より平均で約50%増えています。そのつけは、結局、市民の税負担に寄せられることになります。2024年の開催都市に手を挙げかけたボストンが市民の反対を理由に断念したのもうなずけます。

筆者は、アトランタ(1996年)、アテネ(2004年)、北京(2008年)の各五輪の運営で、地元組織委員会と開催都市、IOCが一緒になって五輪をつくりあげていく過程をつぶさに見続けてきました。振り返ってみれば、いずれも巨大化、商業主義の弊害に陥っていました。五輪という巨大イベントは、「夢」を製造して、それを売るという点では、ハリウッドの映画エンターテイメント産業とよく似ています。

こうした巨大イベントの裏には,さまざまな利害や欲望が渦巻いています。インフラ整備やテレビの放映権などがバブル化するだけでなく、旅行客の増加で開催都市のホテル宿泊費が普段の数倍に跳ね上がったり、企業による部屋の買い占めが横行したりします。資本主義だからと言えば、それまでですが、都市の「品格」を損なう醜い事態だと思います。

リオから聖火を引き継ぐ東京も他人事では済まされません。4年後の東京五輪が世界へ問いかける「平和の祭典」の意義は何か。五輪の巨大化にどう歯止めをかけるのか。「夢」の膨らませ方が正面から問われています。本来、五輪の主役は開催都市です。国は「脇役」に過ぎません。東京都のイニシアチブが期待されます。

杉本 宏(すぎもと・ひろし)
朝日新聞社教育総合本部 シニアスタッフ
1984年に朝日新聞社に入社。政治部、外報部記者を経て、ロサンゼルス支局長、アトランタ支局長、ワシントン総局員などを務める。五輪やW杯、ハリウッドの動向からロサンゼルス暴動、9・11同時多発テロ、米ロ首脳会談など、国際問題を幅広く取材した。共著に「アメリカ解体全書」(KKKベストセラーズ)。昭和女子大現代ビジネス研究所の研究員も兼ねる。