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リオ五輪に思う:エチオピア・アスリートの強靭さ 男子マラソン銀のリレサ選手、命を懸けた抗議のポーズでゴールイン

<写真説明>
アディス・アババのナショナル・スタジアムでトレーニングをするエチオピアのアスリートたち。©Kiyori Ueno

連載:世界は広く、おもしろい!

 リオ五輪は8月21日、大熱狂のなか幕を閉じた。最終日に行われた五輪のハイライト競技ともいえる陸上男子マラソンで銀メダルを獲得したエチオピア代表のフェイサ・リレサ選手が、ゴールインする際に自国政府の弾圧に対して抗議を表明するポーズを取り、自分の命も危険にさらされる恐れがあると語り、世界的に大きな話題となった。
 この姿を見て思い出したのは、筆者が3年間暮らし、最近も取材で訪ねたエチオピアで見たアスリートたちの心身の強靭さだ。
 エチオピアは歴史的に中長距離の世界で上位を席巻してきたことでよく知られた国だ。エチオピアのランナーたちのすらっとした体型に長い手足、腰を高く、胸を張り、ストライドが大きいフォーム。レースの終盤になっても疲れを見せるどころか、静かに笑みをたたえたような走りでゴールするその姿は優美である。今回のリオ五輪ではエチオピア・オリンピック委員会が目標としていた12個のメダルには届かなかったものの、リレサ選手の銀を含め計8個を獲得している。
 歴史的に見ても、日本でも誰もが知る“裸足のアベバ(本名はアベベ・ビキラ)”は1960年、ローマ五輪で裸足でマラソンを走り、サブサハラ(サハラ以南)のアフリカ人として初めてオリンピックで金メダルを獲得した人物だ。そして2008年のベルリン・マラソンで人類初の2時間3分台を記録した“皇帝”ハイレ・ゲブレシラシエ、5000メートルと1万メートルの世界記録保持者ケネニサ・ベケレと枚挙にいとまがないほどエチオピアは有名なアスリートたちを輩出してきた。
 エチオピアは山岳の国だ。国土の4分の1が海抜2000メートル以上で、北部には“アフリカの屋根”と呼ばれる4500メートル級の山々が連なるシミエンの山々を抱える。これらの地域の空気は極めて薄く、日夜の温度差も非常に激しい。
 この厳しい気候、地形、環境の中で、多くの貧しいエチオピア人は幼いころから裸足で学校に何時間もかけて通ったり、親を手伝うために何時間も歩いて水を汲みに行ったり、家畜であるヤギや羊たちを連れ、草を求めて歩き回る。ほとんどのエチオピアのランナーは貧しい農村出身だ。このような環境で作り出された遺伝子と、厳しい訓練が組み合わさり、アスリートたちの能力は最大限に発揮される。
 エチオピアは今では世界でも高い経済成長率を誇る国である。けれどもその半面、1980年代の大干ばつでは60~100万人の人々が餓死した歴史を持ち、その後も干ばつは定期的に起きている。いまだに世界でも最貧国の1つで、人口の80%以上が超小規模農家で、いまだに雨水に頼り、農耕牛や鍬や手を使った昔ながらの農業を営み、自分たちが食べていくだけの作物しか作ることができない。多くの家庭では新年などの祝い事以外で肉や卵を口にすることはほとんどなく、多くの人々が慢性の栄養不足に苦しんでいる。アスリートの中にも、新しいシューズを買えない選手もたくさんいる。
 そして、この国にはもう一つの顔がある。それは長い間強権政治を維持しているということだ。人権団体アムネスティによると、2005年には国政選挙後のデモで200人が死亡し、3万人が逮捕され、数十人もの野党指導者が投獄された。また、エチオピア政府は政治活動の自由を収縮させたり、独立ジャーナリストや市民運動家を迫害してきたことでも批判されている。ロイター通信などによると、同国ではオロミア、アムハラ両州などの一部地域での土地の強制収用計画を巡り、昨年から政府に対する抗議が活発化。五輪が始まった8月初めには90人以上が治安部隊に殺害される事態が起き、人権団体も懸念を示していた。人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチはオロミア州では昨年11月以降、政府への抗議活動で400人以上が死亡したと推定している。
 オロミア州出身であるリレサは、2位でゴールする際、頭上で腕を交差させ、エチオピア政府が異議を唱える人々を弾圧していることに対して抗議の意思を表した。報道によると、リレサは「祖国では刑務所に入れられている身内が何人もいる」と述べ、さらに「民主主義について話をすると殺される。エチオピアに帰ったら私も殺されるか、投獄されるかもしれない」、「私の国は危険だ。別の国へ行かなければならないかもしれない。どこであれ、自由がない人々のために抗議した」と語ったという。
 エチオピアにいる知人によると、この話はリレサの圧政への抗議のポーズは、エチオピア人の間でも大きな話題になっているという。リレサの命がけの行為で、エチオピア政府の態度が変わるとは思えないが、彼が示した強さは感動的であり、心から敬意を表したい。

上野きより ジャーナリスト、フォトグラファー、元国連機関職員
信濃毎日新聞社、ブルームバーグ・ニュース東京支局などで記者として働いた後、国連世界食糧計画(WFP)のローマ本部を経て、食糧支援の現場であるエチオピア、ネパールで働く。2016年から独立。米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院修士課程修了。慶應義塾大学文学部卒業。東京出身。