国連は“アウェイ”の“アウェイ”で働くこと

写真:WFP時代。エチオピアで、子どもたちと ©Kiyori Ueno

第3回 国連は“アウェイ”の“アウェイ”で働くこと

連載:世界は広く、おもしろい!

グローバルに活躍したいと考えている皆さんが“グローバルに働く”、と言った場合、おそらく漠然と「日本の外に出て働く」と考えていらっしゃることと思う。この「外に出て働く」という働き方には、おおよそ2つのタイプがある。
1つ目は日本の組織に所属しながら海外の支社や事務所で働くこと。これは日本の企業や省庁に所属し、転勤などにより例えばニューヨークやロンドン、モザンビークで働くことだ。2つ目は外国の組織に就職し、海外で仕事をする、というものだ。(もちろんこの間には、外国の組織に所属し日本国内で働くという形がある。)

どちらの働き方も、世界の中で働く、世界とともに働く、という意味では似ているのだが、一方で大きな差もある。私は1つ目の働き方を“アウェイ”の“ホーム”型、2つ目を “アウェイ”の“アウェイ”型、と勝手に名付けて呼んでいる。
さて、この2つの働き方、何が根本的に異なるだろうか。

“アウェイ”の“ホーム”型は、外的環境は国外だが、日本の組織に属しているので、同僚は日本人も多く、働き方や組織の運営の仕方などは基本的に日本式だ(もちろん組織や国により差はある)。言語も日本語を多く使う。つまり極端にシンプルに言うと、窓の外を見れば外国だが、オフィスの中はほぼ日本で、日本をそのまま持ってきて働いている、ということだ。

“アウェイ”の“アウェイ”型はどうか。同僚も日本人でないことが圧倒的に多く、言葉も日本語ではなく、組織の運営の仕方も、上司と部下の関係のあり方も、全てが非日本的ということになる。

そして、国連での仕事はまさにこの“アウェイ”の“アウェイ”型。(国連の日本事務所で働く場合を除く)。これは、文字通り「完全に外で勝負する」ことを意味する。つまり、文化も言語も働き方も日本的なものが一切ないという環境で働くということになる。(ちなみに野球選手のイチローもこの例に当てはまる。)そしてそれが故の特異な苦労も喜びも伴うのがこの働き方である。

私がエチオピアにいた時、WFP事務所には約700人のスタッフがいたが、日本人は私のみだった。毎週月曜日の会議は苦痛だった。日本だったら必要がなければ特に発言しなくともすむが、この会議では一人ずつ必ず発言する。発言しないことは、仕事をしていないと考えられてしまうためだ。発言は当然英語で、である。

その場にいた上司や同僚の国籍はといえば、セネガル人、インド人、ベルギー人、イタリア人、フランス人、フィンランド人、ウガンダ人、カナダ人、スーダン人など。全く共通項がないどころか、相手の意図を汲んだり、仕事は「やっている」ということを前提とする文化は全くない。だからこそ、自分が履行した仕事は伝えねばならないのだ。

しかし、この環境で働く醍醐味は大変さを上回る。それは、様々な国の人たちと働くということにより、今まで知り得なかった国のことを知ることができたり、視界が一気に広がることだ。ウガンダ人と働いたことがあるからこそ、ウガンダという国が人ごとでなくなる。スーダンがいっきに身近に感じるのは、スーダン人同僚と一緒に何度となく飲食をともに、仕事のこと、プライベートのことについて色々話したからこそ、だ。
そして今、この記事を書いているのは日本だが、近々取材に行くエチオピアのソマリア国境近くにある町にあるWFP事務所で働く元同僚のスーダン人とLINEで取材についてメッセージのやり取りをしている。こうやって世界とつながっているという楽しさは何にも代え難い。

“アウェイ”の“アウェイ”だからこそ、世界といやおうなしにつながり、世界的な感覚が身につく(というより、ついてしまう)、というのは、なかなか得難い、貴重な経験である。

この“アウェイ”の“アウェイ”という環境で働くということ、つまり、国連で働くということ、については色々な側面があるので、今度はテーマ別に伝えていきたいと思っている。

上野きより ジャーナリスト、フォトグラファー、元国連機関職員
信濃毎日新聞社、ブルームバーグ・ニュース東京支局などで記者として働いた後、国連世界食糧計画(WFP)のローマ本部を経て、食糧支援の現場であるエチオピア、ネパールで働く。2016年から独立。米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院修士課程修了。慶應義塾大学文学部卒業。東京出身。