国連は“受け身”型表現がお好き(第4回)

©Kiyori Ueno

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前回は国連で働くということは、“アウェイ”の“アウェイ”で働くということだという話をしたが、今回は、その“アウェイ”の組織で働く上で気づいた面白いことの一つを紹介したい。それは国連カルチャーともいえる使用される言葉についての話だ。

国連という巨大な国際組織に約5年間勤めて、驚いたことはたくさんあるが、その一つがその言葉の使い方だ。何が驚きだったのかというと、“受け身型”を多用するということだった。

例えばこんな風である。上司から部下たちに一斉メールが回ってくる。それはある事柄に関して決定がなされた、ということを知らせる内容。そのメールの書き方は、“It has been decided that ……”となっている。日本語に訳すと、「・・・・が決定された」。誰が決定を下したのか、に関しては全く述べられておれず、分からない。

あるいはこんな時である。スタッフが辞める、あるいは他の国事務所に異動する、などの際には全てのスタッフが集ってのフェアウェルの全体ミーティングがよく開かれる。その際に事務所代表が必ずスピーチをする。この時の事務所代表は「あなたはこんなに貢献してくれた」という労(ねぎら)いの言葉の後、必ず述べるのが、“You will be missed.”つまり、日本語に訳すと、「あなたは寂しがられるでしょう」。やはり受け身型であり、 “I (あるいはWe)will miss you” と能動型は使わないのである。

私が、この受け身系の多用になぜここまで驚いたかには理由がある。国連で働く前、ジャーナリストだった私が米国の通信社で英文記者となった時、最初に徹底して教えられたのが、「記事を書く際に、人の言葉を引用するのでない限り、記事の中で受け身型は決して使ってはいけない」ということだったからだ。

なぜならジャーナリズムにおいては、誰が何を言ったのか、誰がそれを行ったのか、主体や責任の所在をはっきりさせることは最も重要なことであり、ジャーナリズムの生命線である。そここそがニュースだと言ってもいい。

翻って国連はどうか。巨大組織であり、様々な政治的な思惑が絡む組織では、責任の所在をはっきりさせないことは便利なことであり、その方が都合がよいことも多い。上の例で言えば、誰が決定したのかと言ってしまうことにより、その誰かは全面的に出ることになり、その人が責任を負う、ということになる。これを避けるのだ。

また、2つ目の例の背景には、個人の思いや感情(自分がその人を、あるいはそのことを好きか嫌いか)を、特に多くの人の前で出さない方が得するという文化がある。

この話を旧知で国連を良く知るアメリカ人ジャーナリストにし、なぜ国連では受け身が多いかを聞くと、彼は、国連では個人の感情を出さない組織である傾向がある、と話し、個人的な感情を露呈することは、巨大組織の中でのし上がって行く上で、その人の弱みにもなり得るからではないか、と話した。私はこの分析に妙に納得してしまった。

私個人レベルでは、上司たちがフェアウェルのスピーチで決まったように“You will be missed”というのが面白くて、フェアウェルがあるたびに同僚たちと、ボスは必ずこう言うよ、などとジョークを言い、実際にそのボスが皆の前でそういうと、互いに笑い合っては楽しんでいた。

そういう私も、国連で働くうちにいつしか受け身型を使うようになったが、同僚のフェアウェルでは、“I will miss you”と必ず言った。なぜなら、私にとり、自分の思いをきちんと伝えることは大切だと強く思っていたからだ。だから、それだけは国連文化に染まることなく、必ず実行していた。そして国連を離れ、ジャーナリストに戻った今、躊躇することなく能動態を使えることに喜びを感じている。

上野きより ジャーナリスト、フォトグラファー、元国連機関職員
信濃毎日新聞社、ブルームバーグ・ニュース東京支局などで記者として働いた後、国連世界食糧計画(WFP)のローマ本部を経て、食糧支援の現場であるエチオピア、ネパールで働く。2016年から独立。米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院修士課程修了。慶應義塾大学文学部卒業。東京出身。