グローバル・スタンダードを目指そう:日本スタンダードはグローバルではない

(写真はエチオピアの首都アディス・アババのナショナル・スタジアムでトレーニングをするアスリートたち。©Kiyori Ueno)

連載:世界は広く、おもしろい!

3年間国連職員として暮らしたエチオピアに、今回はジャーナリストとして来ている。記事の一つとしてエチオピアのアスリートたちを取り上げるのだが、関連取材をする中で全く別のテーマにではあるものの、とても面白いことを聞いた。それは、日本は陸上の世界でもガラパゴス化している面がある、ということだった。

 この話を語ってくれたのは、今年1月から日本の大学を休学し、JICAの青年海外協力隊の短距離選手トレーナーとしてエチオピアに来ている小山哲ノ介さんだ。小山さんによると、日本男性の長距離走での低迷が言われて久しいが、それは、日本の長距離走世界でのガラパゴス化による結果だという。

 どういうことか。自身、かつてランナーだったという小山さんによると、日本男性のマラソンが弱くなった一因として駅伝があるという。駅伝は日本発祥のレースで、一選手当たりの走行距離は大会によって異なるが、有名な箱根駅伝は18.5 キロから23.2キロ。つまりフルマラソンの約半分だ。駅伝は注目度が高い大会であるだけに、日本の若いアスリートたちはアスリートとして最も重要な学生の時期に駅伝にフォーカスした訓練をすることになりやすいのだという。

 世界の長距離走レースではますますスピード化が進んでいる。けれども、駅伝フォーカスしているがゆえに、結果としてマラソンで世界の選手たちのスピードについていけなくなるのだそうだ。(もっとも、短距離走に関しては日本選手も強くなっているのだという。)

 これを聞いて私が思い起こしたのは、日本のエレクトロニクス・ジャイアントの凋落である。
 例えばシャープは2000年代までは“世界の亀山”と銘打ち、日本三重県の亀山工場で生産する液晶テレビを高品質のブランド品としてマーケットに出していた。けれども、あれよ、あれよという間にシャープの業績は悪化し、ついには台湾の鴻海精密工業に買収されるまでになってしまった。

 なぜこのようなことが起きたのか。シャープは亀山工場で作ったテレビは付加価値が高いと考え、相当な投資を行った。けれども世界は、シャープが考える “高い”品質のテレビをシャープが考えるほどは求めていなかった。世界が求めていたのは、品質はそこそこ良く、より安価なもの。世界的に見れば、亀山工場の液晶テレビと、サムソンの液晶テレビとの差はなく、結果としてより安価なサムソンなどテレビがどんどん売れていった。日本では評価され、日本メーカーが追求してきた高い品質は、世界が求めるものではなかったのだ。実際、海外の高級ホテルでさえ、置いているテレビはサムソン製品が多い。(もちろん、シャープの凋落の原因としてそもそもエレクトニクス業界内への韓国、中国企業の参入、それによる競争激化、それがもたらす全体的な低価格化ということがある。)

 私は、実は自動車業界でも同じ動きが起きるかもしれない、そして、起きるのは時間の問題かもしれないと思っている。実際、トヨタ車の品質の信頼が非常に厚く、信奉者が多いエチオピアでさえ、中古のトヨタ車から中国メーカーの新車に買い替える人が増えている。理由は中国車のほうが「安い」、けれども「質もそこまで悪くない」、そして「今の自分たちにはこれで十分だから」、だ。彼らはこういった基準で自動車を選んでいる。

 このようなことから見えてくるのは、日本でのスタンダードは世界のスタンダードではない、ということだ。ここで言うスタンタードとは、日本の品質に対する日本国内での信奉も含めてのことである。面白いのは、これまでは存在感がほとんどなかった発展途上国たちがグローバル・スタンダードを作り上げつつある、ということだ。これらの国では急速に中産階級が増えている。この人たちこそがテレビや自動車を買う主な階層=“マス(大衆)”になりつつあるからだ。

 このような現象を見落とさないためにはどうすればいいのか。世界に出て、様々な市場を見て、様々な人たちとコミュニケートすることである。そうすれば、グローバル・スタンダードがどこにあるのかが分かる。

 若い世代の皆さんには、グローバル・スタンダードを見抜く力を付け、その中でも活躍できる力をつけてもらいたい。

上野きより ジャーナリスト、フォトグラファー、元国連機関職員
信濃毎日新聞社、ブルームバーグ・ニュース東京支局などで記者として働いた後、国連世界食糧計画(WFP)のローマ本部を経て、食糧支援の現場であるエチオピア、ネパールで働く。2016年から独立。米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院修士課程修了。慶應義塾大学文学部卒業。東京出身。